午前11時15分、私たちはとうとうニッポン一の山の頂点に立った。
しかしそこは風の吹き荒れる厳しい世界で、記念撮影はおろか、じっと立っている気にもなれない状況だった。
他の登山者たちも同じようで、登ってきた人たちはみな風を避けられる手近な山小屋に入っていく。
私たちもそこへ吸い込まれるように入っていった。
そこは…山小屋ではなく神社だった。
風雨を避けられる場所は悪天候時には本当にありがたい。
神様、ありがとうございます。
だがいつまでもそこにいるわけにはいかない。
天候が回復しそうな兆しはなく、悪化すれば下山できなくなる可能性もあるのだ。
それに8月とは言っても山頂は寒い。
次男は寒くて怖くて「早くバスのところに帰ろう」と涙目で訴える。
私たちはトイレに行ったYちんとオットが戻ってくるのを待って下山することにした。
彼らが戻ってきたとき、ややパニック気味の外人女性が同じタイミングで神社に入ってきた。
なんでも一人で登ったはいいが、下山できなくなってトイレで震えていたとか。
私たちは一緒に下山することにした。
ゴォォ~~~~
神社の外に出ると相変わらず嵐のような風が吹いている。
たった今、やっとの思いで登ってきた岩だらけの登山道を、この風の中下りるのはとても危険なように思えたが、それでも下山道よりは安全らしい。
一歩一歩、着実に足場を見つけ、ソロリソロリと下りていく。
標高が下がれば風が弱くなることを期待しながら…。
下山し始めて改めて気づいたのだが、この悪天候の中でも富士山には種々多様な人たちが登っていく。
関西から来た富士登山バスツアーの団体さんともすれ違ったが、老若男女入り混じっており、中にはガイドさんらしき人に手をひかれたおばあさんもいた。
あのおばあさん、大丈夫だったかな・・・
添乗員さんも大変だなぁ・・・
20分ほど下っただろうか、状況はまだまだ予断を許さないものの、「無事に帰れるかなぁ」という思いから「下山できる」確信へと一行の雰囲気も変わってきた。
頂上で震えていたアメリカ人女性Mさんも
「一人じゃ怖いけど8人だったら楽しいわね」
と言うくらいの余裕が出てきた。
このMさん、一人で富士山に来て夜中に頂上にたどり着いたそうだが、その服装は京都の街中で見るバックパッカーとたいして変わらない。
富士山で何人も同じように軽装の外人さんを見かけたが、彼らはフジが3000m級の山だということを知っているのだろうか?
Mさんに「なんで富士山に登ろうと思ったの?」と聞いてみた。
―フジサンハユウメイナヤマダシ、テレビデコドモデモノボッテイルノヲミタカラ。
「そやけどテレビの子供はそんな軽装とちゃうかったやろ?」
と関西人らしくツッコミを入れたかったが、私の頭にすぐ浮かんだのが
「あなたはもっと適切な格好で富士山へ来るべきだったのに…(でもそうしなかった)。」
という、中学英語の英文法を駆使した、受験では○をもらえるかもしれないが実際の英会話ではジョークとして聞いてもらえそうにない英文だったので、黙って微笑みを返すだけにした。
私が余計なことを言わなかったからか、Mさんはだんだん本来の陽気さを取り戻し、元気になっていった。
下山するにつれて風もだんだんおさまり、普通の下り道に変わったので気持ちにゆとりができて会話も弾む。
次男は仲間に加わったMさんをとても気に入った様子で、
「ドゥー ユー ノウ マイケル・ジャクソン?」
など6歳男児にしては気の利いた話題を振ったりした。
彼はMさんがアメリカ人だと知った上でマイケルの話をしたのだろうか?
なかなかやるな、次男・・・
いつのまにか身の危険を感じる山から通常の山に戻ったので、途中からは下山道を使うことにした。
そこは須走口。
「砂を走る」→「砂走り」→「須走」となったというだけあって、砂の坂が延々続いている道だ。
疲れきった足で下りばかりが延々続く道を行く。
しかも止まりたくても止まれない…
これは本当にきつかった。
下山に比べたら、ゆっくり進む登山の何とラクなことか!
しかしそう思っているのは大人だけで、子供たちは楽しくて楽しくて仕方ないようで、3人で競争しながらどんどん先へ行ってしまう。
その姿はみるみる豆粒のようになり…
待ってくれぇぇぇ~~~!!
*** *** ***
午後4時、標高2000mの新五合目をストックを頼りにヨロヨロと戻ってくる、二人の女がいた。
「なぁ、私らって登っていくときに見たヨロヨロした男の人よりひどいかもなぁ…」
「きっと『あの人たちどうしたんやろ?』って見られるねんで…」
私たちは人が見えてくると精一杯元気なフリをして歩いた。
だがその歩き方はきっとロボットのようにぎこちなかったことだろう・・・
*** *** ***
富士登山が終わって私の夏も終わった。
しかし私の登山熱はまだまだ続く・・・
(完)
最近のコメント